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2008年2月

人として・・・

「誰かに必要とされるのは難しい」
 
この言葉は、最近、人気のアニメがドラマ化された“ハチミツとクローバー”(略してハチクロ)に登場する人物の言葉である。
 
彼には、憧れの女性を傍で支えてあげたいと思っている反面、自身の未熟さに気づき、そこで、一人前になってから再び会いに行くと決心した経緯がある。
 
 

ひとは、困ったとき、悩んでいるときには誰かの支えを必要とすることがある。
 
そのとき、どのような人の支えを必要とするのだろうか。
安心できるひと?
頼りになるひと?
それとも、力強いひと?
 
それは、状況や心情によって異なるだろう。
困ったときには力強いひとに支えてもらいたいかもしれない。
悩んでいるときには安心できるひと、もしくは頼りになるひとに支えてもらいたいかもしれない。
 
しかし、ここで共通してることは“一人前であること”だろう。
 
 
 
「一人前であるということ」
  
それでは、いったい何をもって“一人前であること”なのか。
 
他人に頼らず自分だけで問題を解決できること?
他人にはない特別な能力でその他大勢を牽引できること?
 
おそらく、違うと思う。
 
けど、答えはわからない。
 
 
 
 
ドラマではごくありふれた日々の生活を描いており、決して特別な世界のキャラクターなんかではない。
 
しかし、そのありふれた日々の中にも、振り返ってみるとたくさんの刺激があり、そして、考えさせられることもある。
 
 
毎日の通勤、そして、遅くまでの残業。休日もしっかり取れる保障なんてない。
そんな生活がこの先、何十年も待っていることは誰でも知っている。
 
しかし、そんな日々でも自分なりに楽しみや刺激をみつけることができるかどうかによって、これからの何十年の間に人としての深みやコクを身につけることができるかもしれない。
 
 
 

 

 

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あなたはだれ?

「あなたはだれ?」

そう問われたらどう答えますか?

自分の名前・・・?性格・・・?特徴・・・?

この問いの本質はどこにあるのだろうか。

自分自身の存在を証明することは可能なのだろうか。

 

“存在”とは相対的なものであり絶対的なものと成り得ない、とする説がある。

つまり、周りの存在をすべて嵌め込んだ世界に残った空白の部分が自分自身である、という解釈である。

 

例えば、会社勤めしているひとりのサラリーマンが居るとする。

そのサラリーマンは何らかの縁があり、また需要があってその会社に勤めているのであろう。

しかし、彼(もしくは彼女)が社長でない限り、代わりの人材はいくらでも居るだろう。

そのような環境である限り、空白を埋めるだけの存在であれば、今の社会においていつ排除されても不思議ではないだろう。

そこで、少し利口な人間であれば自分を特別な存在として演出することだろう。

また、社内において絶対的な存在となれば排除される心配も無くなる、と考えることだろう。

 

しかし、その時、自分自身を振り返ってみて、それは本当に“自分”だと言い切れるだろうか?

会社の都合に合わせただけの単なる虚構になっていないだろうか?

 

仕事とプライベートを完全に切り離して、仕事用の仮面をつけるのも一つの渡世術だろう。

しかし、その中にも絶対に曲げてはいけないものがあるはず。

そんな時に改めて自分に問いかけてみる・・・

 

「あなたはだれ?」

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